認知症の症状が進行すると、これまで当たり前にできていた「鍵の操作」が、ご本人にとっても、また、介護する家族にとっても、非常に深刻で複雑な問題となることがあります。その問題は、大きく分けて二つの側面を持っています。一つは、「鍵が自分で開けられなくなり、家に入れない、あるいは部屋から出られない」という問題。そしてもう一つが、その逆の、「勝手に鍵を開けて外に出てしまい、徘徊して行方不明になる」という問題です。まず、「鍵が開けられない」という問題に対しては、ご本人の混乱を助長しないような、シンプルで直感的な解決策が求められます。例えば、鍵穴の周りに目立つ色のシールを貼って場所を分かりやすくしたり、鍵の持ち手を大きなものに交換して操作しやすくしたり、といった物理的なサポートが有効です。また、いっそのこと、暗証番号式の電子錠などに交換し、「この四つの数字を押せば開く」という、一つのルールに単純化してあげることで、かえってスムーズに操作できるようになるケースもあります。一方、より深刻で、命に関わる危険性があるのが、「徘徊」の問題です。ご本人は、「家に帰る」「仕事に行く」といった、過去の記憶に基づいた目的意識を持って外出しようとします。その行動を頭ごなしに否定するのではなく、まずは安全を確保することが最優先となります。対策としては、ご本人の手が届かない、ドアの高い位置や低い位置に、「補助錠」を取り付けるのが非常に効果的です。また、既存の錠前のサムターン(内側のつまみ)に、特殊な操作をしないと回せないようにする「サムターンカバー」を設置するのも良いでしょう。さらに、ドアが開くとチャイムやアラームが鳴る「開閉センサー」を設置すれば、万が一の時もすぐに気づくことができます。そして、最も重要なのが、これらの物理的な対策は、決してご本人を「閉じ込める」ためのものではなく、交通事故や転倒といった、取り返しのつかない事態から「命を守る」ための、愛情に基づいた行為なのだと、介護する家族自身が理解することです。